2012年04月05日

753年(鑑真来日)

年号 〈ベーシック・ダジャレ・スタイル〉のゴロ(語呂合わせ)
753

A
@ 流されるのが肝心でごわす。
☞ゴロの仕組☞ ダジャレ
部分
肝心(かんじん)

鑑真(がんじん)

(ラップ)
ナシ


数字








×


×
l*`▲´*/≪ませら亭 暴羅&愛楽のゴロの解説壱席 }( ´ ▽ ` )
|*`▲´*/ ≪ 「鑑真」さんのダジャレの部分はよお、鑑真さんの読みは「がんじん」で頭んトコロ「が」でよお、ダジャレの「肝心」の方は頭んトコロ「か」だってぇコトに注意な!
( ´ ▽ ` ) { 「ごわす」は有名な鹿児島弁で鑑真さん達が、鹿児島に流れ着いたコトを表しているんでありんすよなぁ。
|*`▲´*/ ≪ おーよ。

( ´ ▽ ` ){ませら亭 メラク&ボウラのぼけゴロ史解説壱席 |*`▲´*/≪
( ´ ▽ ` ) { この年、遣唐使の大伴古麻呂さんに伴なわれて中国の高僧の鑑真(がんじん/688-763)さんが今の鹿児島県に当たる薩摩(さつま)に到着したんでありんす。実に、来日挑戦6回目にしてのやっとこの成功になりんす。しかも、当時の鑑真さんは何と、66歳の高齢にてござりんすよう。
|*`▲´*/ ≪ すっげ!の一言しか出やしねえぜ。@のゴロの説明んトコロでも言ってるけどよお、西郷隆盛(さいごうたかもり)さんばりの鹿児島弁の「ごわす」で薩摩に流れ着いたことを演出してるってぇわけだあな。
( ´ ▽ ` ) { あい。で、初めての来朝はつぎの年になりんす。
|*`▲´*/ ≪ つまりだあ、鹿児島に流れ着いたんは、753年で、奈良時代の都である奈良の平城京にやって来んのが754年になるってぇコトだあな。てやんでい!
( ´ ▽ ` ) { あいな。そう、なりなりんすよ。
資料
準備中


posted by ヒストリック・パパ at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ▷奈良時代A8世紀中盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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